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  • インタビュー

【同志社女子大学】私たちはリスクとどう向き合う?保険の必要性とリスクマネジメントの基本

「今は健康だけど、本当に保険って必要?」
「あれもこれも心配で、全てのリスクに備えたい」
「漠然とした不安があるので、何か保険に入った方が良い気がする」

私たちが生きていて直面しうるリスクは多種多様です。その中で保険はリスクを小さくしたり、事故が生じた際の損害をカバーしたりするために存在しています。

しかし、適切なリスクマネジメントにするためには、どのリスクにどう対処していくべきかを定めることが必須となります。

今回は同志社女子大学の大倉真人教授に直接インタビューし、リスクとは何か、効果的なリスクへの対処法、必要な保険の選び方についてお伺いしました。

リスクは目に見えず、においもしない

教授が研究されている内容について教えてください。

大倉教授

私の研究分野は「保険経済学」と呼ばれるものです。

保険における研究分野は様々ですが、「保険経済学」は簡単に言えば、保険を経済学の手法で分析・検討する分野です。

私の場合は、ミクロ経済学の手法をベースとしたモデル分析などを展開し、マーケットはもちろんのこと、保険商品、流通チャンネル…保険に関する様々な事柄を研究しています。

さらに保険がリスクマネジメントの一種であることから、リスクマネジメントについての研究も行っています。

モデル分析とは?
変動する経済要素の因果関係や法則を数学的に考える目的で一連の数式によって表す手法。

ミクロ経済学とは?
家計(個人)や企業を最小単位として行動・意思決定について分析する学問。

「リスクマネジメント」とはどんな分野なのでしょう?

大倉教授

リスクに関わる事柄全般を含んだ分野であると言えます。

リスクは基本的にネガティブな要素ですから、「どのような対処法があるのか」「どんな場合にどのようなやり方が適しているか」を考えていく分野であるとも言えるかと思います。

リスクを何らかの形で管理(マネジメント)または制御(コントロール)するためには、まず対象であるリスクを明らかにしなければなりません

その上で、火災リスクを考えた場合、建物に火災警報器を取り付ける、火災が起こった時の避難訓練を定期的に実施する。万一の焼失の際における再建費用の確保を目的に火災保険に加入するなどがあげられます。

また「病気になったら保険でカバー」するだけではなく「病気にならないよう心掛ける」こともリスクマネジメントとなります。

そう考えてみると、身の回りに管理が必要なリスクは数多くあるんですね。

大倉教授

自分に迫ってくるまで、リスクは認知されにくい傾向にあります。

リスクは目に見えず、においもしません。

それもあってリスクを認知できずに、「こういうリスクがある」と言われるまで分からない場合もあるかと思います。

そして、分かったからすぐに対策するか?というのもまた別の話です。

若年者を例に取ると、遠い将来における老後のリスクを話してもそれで危機感を持って備えを今からするかと言われれば、しない人の方が多い気がします。

年を取ってくると病気の話が増えるとか、〇〇を食べるとゆっくり眠れるとか、健康関連の話が増えるとか言いますが、このようなことは「リスクの認知」のしやすさに大きく影響しています。

さらに、年を取ってきますと、周囲の友達で最近がんになって入院した人がいるとか、そんな話になる頻度が上がることも影響しているように思います。

日常のあらゆる場面に潜むリスク

私たちの生活の中に潜むリスクについて、詳しく教えてください。

大倉教授

捉え方にもよりますが、リスクは日常のあらゆる場面に潜んでいると言えるかと思います。

一つの捉え方として、将来の事象が予想できないことを「リスク」と考えるとします。

リスクについて授業する時、私は「今日普通に授業をしていますが、電車が遅延したり寝坊したり、私が授業を忘れたり…そういったリスクがたまたま生じなかったので、授業が普通にできているのです」と説明しています。

そしてリスクはどこにでも潜んでいますので、まずはリスクを炙り出す「リスクの認知・識別」がリスクマネジメントの第一歩となります。

リスクの認知・識別によって全てのリスクが予測できるんですか?

大倉教授

全てのリスクを予測するのは不可能です。

「起こってからどうにかするしかない」リスクも存在します。

想定できるリスクは事前に対処できますが、想定できないリスクに対して事前に備えることはできません

例えば天気予報が晴れと言っていたのに急に大雨が降るとか、正体の分からない宇宙人が急に地球に攻めてくる!とか(笑)

近年だと、コロナウイルスが典型例ですね。2019年時点で「2020年になったらコロナウイルスが大流行する」と分かっていた人はいません。

事前に分かっていれば何らかの事前準備ができたのかもしれませんが、実際にはそうでなかったため、大学も企業も起こってから急いで対応するしかなかったのです。

リスクに合ったリスクマネジメント手法の選択

つまり、私たちが事前準備できるリスクは限られている?

大倉教授

リスクに対して有効な管理は、リスクの性格によると言われています。

一例として、リスクから逃げる「危険の回避」というリスクマネジメントの方法を考えてみましょう。

「危険の回避」が有効なケースとしては、外務省のホームページなどで「この国は危険ですので渡航しないでください」といった渡航禁止勧告が出ているのを見て、行くのをやめる行為があげられます。

その国の動乱が日本国内に及ばない限り、渡航を中止することで、殺される・人質になるなどのリスクはゼロになります。

「危険な国に行くけど、死んだら保険金が下りるから大丈夫」はリスクの管理になっていないため、こういったリスクに対しては、保険は役に立ちません。

全てのリスクをそうやって回避できれば安全ですね。

大倉教授

しかしながら、全ての場合において「回避」が最適解とは言えません

一例として、自動車には交通事故で人を死傷させるリスクがあります。

だから、交通事故をなくすために全ての国民が自動車を運転しない。…このリスクマネジメントは有効でしょうか?

個人の単位ではそれでも良いのかもしれませんが、国全体で実行するとなると、運送業のトラックもなくなって物流・配達が不可能になります。

自動車には確かに人を死傷させるリスクがあるのですが、同時に経済活動を支えている側面もありますよね。

ゆえに、車に安全装置を付ける、交通ルールを定めるなどが行われ、さらに、交通事故が起こった時に被害者救済ができるよう、自賠責(自動車損害賠償責任保険)の強制加入を定めています。

このようにして、自動車のリスクを明確に把握した上で自動車の利便性を活かそうとする中間的な解が現実において採用されることになります。

自賠責(自動車損害賠償責任保険)とは?
別名「強制保険」。交通事故被害者の救済を目的とした「自動車損害賠償保障法」に基づいて、原動機付自転車を含むすべての自動車に加入が義務付けられた保険。

同志社女子大学

「ローリスク・ハイリターン」は存在しない

「これをやったらリスクがあるかも…」と踏み出せない時、どのように考えたら良いですか?

大倉教授

多くの場合、リスクはリターンとセットになっています。

何かに挑戦した結果、どうなるかはやってみるまで分かりません。

やってみて大成功するかもしれませんし、もちろん大失敗する可能性もあるでしょう。

確かにリスクは恐ろしいものですが、「成功するか失敗するか分からないから手を出さない」と決めてしまうとそこから成長できないケースも少なくありません。

「リスク=嫌なものだから取らない」のではなく、「そのリスクを取ると、どんなリターンがあるか」を考えてみるとよいのではないかと思います。

学生が社会人になるまでに学んでおいた方が良いことは何でしょうか?

大倉教授

「ローリスク・ハイリターンは絶対に存在しない」ことですね。

「リスクなしでリターンがこんなにあります!」などとうたう怪しい投資商法がありますが、そんなものは絶対に存在しません。

「ローリスク・ハイリターン」がもし本当にあるなら、みんなその商品を買います。

人気のある商品になると、その人気によってリターンが下がる、あるいはリスクが上がります。

その結果、ローリスク・ハイリターンだったはずのものは、最終的にはローリスク・ローリターンかハイリスク・ハイリターンにしかなりません

また冷静に考えたとき、ローリスク・ハイリターンの商品を勧められたら、「じゃあ自分の全財産であなたが買ったらどうですか」と思いませんか?

詐欺をする側は人間心理と無知につけこんできますが、「うまい話には裏がある」。これが、リスクの話で一番知っておいて欲しい点です。

「必要な保険」とは何か

昔と現在で必要な保険は変わっていたりしていますか?

大倉教授

「公的介護保険がなぜ誕生したか」が分かりやすい例かと思います。

公的介護保険は2000年4月からスタートしましたが、昔から介護を必要とする要介護者はいたはずであり、現代になって急に要介護者が出現した訳ではありません。

医療技術が未発達だった頃は、大きな病気になると延命が難しく、死亡までの期間が今ほど長くありませんでした。

さらに昔は大家族が多かったため、その長くない期間を家族全員で面倒を見ることが可能でした。

しかしこれが現在になって、例えば、一人っ子家庭で2人の親を10年間見てください…となると保険が必要という話になってくるかと思います。

昔は「家族だけで介護が成り立つ」だったのが、今はライフスタイルの変化によって「家族だけでは介護が成り立たない」になっており、このような変化が公的介護保険の誕生に関連しているのです。

病気をした経験のない健康な人も、リスクを考えて保険に加入するべきでしょうか?

大倉教授

「加入する」「加入しない」のどちらの選択肢も間違ってはいません。

年齢を重ねると、どんなに健康な人でも病気がちになり、不健康を実感する頻度が増えてきます。

しかし同時に、無理な保険への加入は多額の保険料支払いに繋がる可能性があり、望ましくありません。

「自分が病気になると困る人がいるか?」「貯蓄は現時点で十分あるのか?」あたりが考えるべきポイントかと思います。

扶養家族のいる人が病気で倒れますと、残された家族が困りますし、自営業の人であれば店を完全に閉めることになってしまいます。

それでも、貯蓄が潤沢にあれば保険に入らなくても病気への備えはできていると言えるかもしれません。

いずれにしても、「健康で病気をしたことがないから自分は一生病気にならない」と考えることはもちろん正しくないので、万が一の時にどうするのかは前もって考えておく必要があるかと思います。

扶養家族の有無で言うと、既婚/独身で必要な保険はどのように変わるのでしょうか?

大倉教授

死亡保障の必要性は配偶者・子がいるかなどで変わるかと思います。

例えば、夫婦のいずれか一方が働いて稼いでいる、かつ小さな子どもがいる家庭を考えますと、その稼ぎ手が亡くなりますと、残された家族が生活に困ることになりますので、それに備えた十分な死亡保障が必要となります。

それに対して、共働きで子どもを持たない夫婦であれば、片方が亡くなっても(心理的にはさておき)経済的な問題は比較的少ないと考えられます。

独身の人は、その人自身が亡くなっても経済的な意味で困る人がいない場合が少なくない分、死亡保障の重要度は下がるかと思います。

むしろ独身ですと、自分が病気やけがをした時に他者に頼れないことの方が重要になってきます。

ゆえに、生きていることによって発生するリスクである「生存リスク」に備えた医療保障や個人年金を活用するケースが少なくありません。

同志社女子大学

死亡保険・生存保険・生死混合保険の違い

長生きした時、しなかった時どちらに対しても保険金が支払われる保険があればよいのですが…。

大倉教授

このようなニーズに合う保険は「生死混合保険」と呼ばれます。

大きく分けて保険には、死亡によって保険金が支払われる死亡保険と、満期を迎えることによって保険金が支払われる生存保険の2つがあります。

そしてこの2つが1つになった保険が「生死混合保険」です。

保険期間内に死亡すると死亡保険金が、満期を迎えれば満期保険金(生存保険金)が支払われます。

よって、契約を最後まで続けさえすれば、必ずどちらかの保険金が受け取れることになります。

生死混合保険の種類は色々とあるのですが、「養老保険」と呼ばれる死亡保険金と生存保険金が同額の保険が最もポピュラーです。

養老保険とは?
保障と貯蓄の両方を兼ね備えた保険。死亡保険金・満期保険金の他、保険期間の途中でも解約返戻金を得られるのが特徴。

どちらでも同じだけ保障されるのであれば、全員が養老保険に入るのがベストでは?

大倉教授

それが、そうとも言い切れないのです。

通常の保険だと、事故が起きたときに保険金を受け取った分だけ資産水準が上がり、無事故であれば保険料を払った分だけ資産水準が下がりますので、両者の格差が小さくなります

それに対して、養老保険(生死混合保険)は、死亡・生存どちらの場合においても同額の保険金を受け取れるため、この格差を小さくすることにつながりません。

また、死亡保険に比べて満期保険金(生存保険金)がもらえる分だけ保険料が高い点も無視できません。

よって、「事故と無事故の資産格差を小さくする」ことのみを目的として考えた場合、養老保険は加入する理由のない保険になってしまいます。

では、どうしてそんな保険があるんですか?

大倉教授

「後悔理論(regret theory)」を用いた研究で理由を説明できます。

死亡タイプの保険に加入して生存になると、保険料を支払ったことを受けて、「保険に入らなければよかった」という後悔の気持ちが生じます。

それに対して、生死混合保険であれば満期保険金(生存保険金)がもらえるため、そのような後悔の気持ちを持たずに済みます。

そして後悔理論(regret theory)を用いた研究は、後悔を感じる人を想定した場合、生存・死亡に関わらず保険金を受け取ることができる生死混合保険を選ぶのではないか?ということが起点になっています。

「損失をカバーする」のみが保険選びのポイントではないんですね。

大倉教授

それ以外のポイントが保険選びに関係する人も多くいるかと思います。

保険に入ったにも関わらず事故が起きなかったとします。

事故が起きなかったので本当は良いことなのですが、「保険料を払って損をした」と感じる人が一定数いるように思います。

このことは、保険料の大きさや保障の充実度などを見て合理的に決定する面がある一方、後悔という感情の面も保険加入の意思決定に影響していることを示しているように思います。

現実の人間は完全に合理的ではなく、それもあって後悔という感情も保険加入の意思決定における要素の一つになっているのではないかと考えています。

教授直伝・究極のリスクマネジメント

先生が学生時代の自分自身に教えたい、リスクマネジメント術を教えてください。

大倉教授

「大きなリスクに自分から近づかない」ことがあげられると思います。

一例として、「覚醒剤などの薬物に手を出す」があげられるかと思います。

学生は若いこともあって、大きな可能性・将来がありますが、その一方で、大きなリスクのある所に足を踏み入れてしまったが最後、引き返せなくなってしまうという点は常に念頭に置いておく必要があると思います。

小さな失敗はたくさんして良いと思うのですが、自分の人生を完全にダメにしてしまうリスクに対しては「リスクの回避」に限ります。

では、究極のリスクマネジメントとはどのようなものになるでしょうか?

大倉教授

対応するリスクに優先度をつけることかと思います。

全てのリスクをマネジメントできれば理想的かもしれませんが、そのための費用は膨大となりますので、いくらお金があっても足りません。

ゆえに、全てのリスクをマネジメントすることは、現実には不可能です。

よって、今の自分においてどのリスクが絶対にマネジメントする必要のあるものかを明確に把握する、別の言い方をすれば、リスクをマネジメントする優先度をつけて向き合うことが重要になってきます。

もし目立ったリスクがないのであれば、保険ではなく将来に備えて貯蓄・投資にお金を回す選択肢もあります。

もちろん、投資にもリスクはあるので注意は必要なのですが、「お金を持っておくこと」は一つのリスクマネジメントになります。

なお、最も良くないのは「他人から入った方が良いと言われたから保険に入った」などといった根拠のないリスクマネジメントだと思います。

最後に、このインタビューページを見ている方に一言お願いいたします。

大倉教授

社会の在り方が変化するとリスクマネジメントの最適解も変わります。

昔は裁判で訴えるなんて大げさ…みたいな雰囲気があったように思いますが、近年では少なくとも昔に比べて、その良し悪しはさておき、訴訟リスクが身近になっている気がします。

なお昨今における円安の問題、つまりが為替リスク、も、私たちの身の回りにあるリスクと言えると思います。

さらに言えば、ニュースなどでみなさんが日々見ている日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)といった話、つまりが株価変動リスクの話は、株式を買わない人にも関係ある話です。

株価は、すごく簡単に言いますと、日本経済の将来予想を反映したものです。ゆえに、株価が上がることは、景気の先行きが良いと予想されていることを意味します。

そして景気の先行きが良いと雇用が増えて、より好条件の仕事が見つかりやすくなります。

以上のことから、リスクは日常社会の中に存在しており、それゆえにアンテナを張って社会について知る習慣をつけることが重要になってきます。

日経平均株価とは?
東証プライム市場で取引される銘柄から日本経済新聞社が選定した225銘柄の平均株価。

TOPIX(東証株価指数)とは?
東証プライム市場の全銘柄の時価総額を指数化し、株式市場全体の動きを表すもの。

【まとめ】リスクおよび保険・リスクマネジメントの考え方

今回のインタビューでは、同志社女子大学の大倉教授にリスクマネジメントの考え方やリスクへの対処法、必要な保険の選び方についてお伺いしました。

今回のまとめ
🟣リスクは目に見えず、においもないが、いつも身の回りにある
🟣リスクとリターンは基本的にセットになっている
🟣「リスクの回避」が最善手とは限らない
🟣社会の在り方や個人のライフスタイルで必要な保険は変わる
🟣リスクをマネジメントする際には、優先度を決めることが重要となる

私たちは日々無意識の中でリスクと向き合いマネジメントをしていますが、常に効果的な対処ができているとは限りません。

リスクを恐れて行動しないことはリターンの喪失につながるため、リスクをどの程度取るべきか見極める考え方もリスクマネジメントであると言えるかと思います。

リスクに備えるにはコストがかかります。よって、保険に加入することを含めたリスクマネジメントを行う際は、どのリスクへの対処が最も必要なのかを考える必要があります。

あわせて、社会においてどのようなリスクが高まっているのかについて注視することも重要となります。

同志社女子大学

大倉真人/同志社女子大学
神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程を修了し、博士(商学)を取得。長崎大学経済学部助教授・准教授、同志社女子大学現代社会学部准教授を経て、現在は同学部教授。Asia-Pacific Risk and Insurance Association前会長および日本保険学会理事。

専門分野・得意分野
保険、リスクマネジメント、社会保障
→同志社女子大学 研究者データベース